パネットーネだけではないイタリアの甘味の歴史を語る、冬の伝統菓子|ヒサタニミカさんのイタリアレポート
2025/12/19 09:00

(ローマ、トラステヴェレ地区にある創業100年の老舗菓子店「ヴァルツァーニ」)

(ショーウィンドに並ぶ冬の伝統菓子)
気づけば、クリスマスとニューイヤーの季節が、今年も足早にやってきました。
日本でおせち料理の販売開始が年々前倒しされているように、イタリアでも季節の訪れは確実に早まっています。
11月に入るやいなや、街の菓子店やスーパーマーケットにはパネットーネが並び始め、その光景に、時間の流れの速さをあらためて思い知らされる今日このごろです。
各地で開催されるパネットーネのイベント。スーパーの棚に山のように積み上げられた、あの大きなドーム型のふわふわのお菓子。
いまやパネットーネは、イタリアのクリスマスを象徴する存在として揺るぎない地位を築いています。
その華やかな主役の背後には、パネットーネよりもずっと長い歴史を持つ、イタリアの甘味のストーリーを語るような重厚な冬の伝統菓子が存在します。
この時期は宗教的な催事が多いため、こうした「ハレ」のお菓子の出番が増えます。
派手さはないのですが、口に残る余韻が長く、冬の静かな時間によく似合う味わい。
私にとってこれらのお菓子は、「デザート」というより、季節や歴史を噛みしめるための小さな断片のような存在でもあります。
【イタリア冬の「ハレ」の伝統菓子いろいろ】
◆PANGIALLO(パンジャッロ)

(「ヴァルツァーニ」のパンジャッロ)
名前の由来はpan(パン)+giallo(黄色)。
古代ローマの祝祭にまで起源がさかのぼる、非常に歴史の古いお菓子です。古代ローマ時代、甘味は砂糖ではなくはちみつ、ドライフルーツやぶどう果汁で作られていました。
主な材料はナッツ、ドライフルーツ、はちみつで、外観はサフランや卵黄による鮮やかな黄色をしています。
ここからお菓子の名前がついています。クリスマスや年末年始に欠かせない、家庭的で祝祭感のあるお菓子です。
平たい円盤状で、食べてみると、ケーキの軽さはなく、クッキーのようなサクサク感もない、どっしり、ねっとりと凝縮された質感。バター感やオイル感がなく、意外とあっさり食べられます。
◆PANPEPATO(パンペパート)

(「ヴァルツァーニ」のパンペパート)

(下町テスタッチョ地区のカフェ「リナーリ」のパンペパート)
中部イタリアに伝わる、スパイスとナッツが主役の濃厚な伝統菓子です。
pane(パン)+pepe(胡椒)に由来し、中世の香辛料文化を色濃く映しています。
主な材料は、はちみつ、ナッツ(クルミ・ヘーゼルナッツ・アーモンド)、ドライフルーツ、ココア、シナモン、クローブ、黒胡椒または白胡椒。小ぶりでずっしり。
甘さの奥にスパイスの刺激が立ち、噛むほどに複雑な香りが広がります。修道院や貴族社会で発展し、クリスマスの祝祭菓子として今も作られています。
お店ごとに若干大きさは変わるものの、素朴でスパイシーさがおいしいお菓子です。
◆PANFORTE(パンフォルテ)
トスカーナ州シエナが誇る、最も古く、最も濃密な祝祭菓子のひとつです。
名前のforte(強い)が示す通り、軽やかさとは正反対の世界にあるお菓子です。
起源は中世(13世紀頃)。シエナは*ヴィア・フランチジェナ沿いの要衝であり、巡礼者が必ず立ち寄る都市でした。
ここには宿、修道院、市場が集まり、北から来た人々は香辛料や砂糖、ナッツを持ち込み、南からはオリーブオイルやワインが上がっていきました。
パンフォルテのようなはちみつ、ナッツ、スパイスを固めた重たい祝祭菓子がこの地で育ったのは、偶然ではなく、「旅のエネルギー」と「宗教儀礼」、その両方に耐える菓子が求められた場所だったのです。
ドライフルーツとナッツで固められ、どっしり重く、ねっとりとした食感が魅力です。
円盤型で固く、大き目のナイフで切り分けながらいただきます。
*ヴィア・フランチジェナ(Via Francigena)とは、
中世においてイングランドからフランスを経由し、アルプスを越えてローマへ至った主要な巡礼路であり、宗教・交易・文化の交流を促進したヨーロッパ最重要幹線のひとつ。
◆MUSTACCIOLO(ムスタッチョーロ)

(「ヴァルツァーニ」のムスタッチョーロ)
ナポリやローマで食べられる、ハレの日の代表的なお菓子です。
主な材料は小麦粉、はちみつ(または砂糖)、アーモンド、カカオ、シナモン、クローブ。
形状はひし形や楕円形で、ダークチョコレートでコーティングしています。外はしっかり、中はややしっとりした食感で噛むほどにスパイスが立ち上がります。
家庭で大量に仕込む年末の風物詩で、クリスマス前になるとナポリの菓子店はこのムスタッチョーロで埋め尽くされます。修道院菓子の系譜にありつつ、庶民の祝祭に完全に根付いたお菓子です。
私のナポリの友人は、12月のクリスマス休暇になると、まるで日本人がおせちを仕込むように、毎年必ず年老いたお母さんと一緒に、ムスタッチョーロを作るのが恒例になっています。
一度、その仕込みをお手伝いさせていただいたことがあります。2人はできあがった大量のムスタッチョーロをせっせと、真っ白な綿の枕カバーに入れていました。
何袋にもなった枕カバーを台所の棚に置き、クリスマスの日に家族や親せきに配るまで大切に保管するのです。
枕を包むだけのものだと思っていた枕カバーに、こんなにも大切な役割があることを、そのとき初めて知りました。
ナポリの家族の時間や、クリスマスを待つ気持ちまでも包み込む光景は、私にとって忘れられない、なんとも素敵なカルチャーショックでした。
◆ARANCIACANDITA AL CIOCCOLATO(アランチャカンディータ・アル・チョコラート)

(ローマ、テルミ二駅近くシチリア菓子店「ダ・ジーノ」のアランチャカンディータ)
冬が旬の果実、オレンジ。このピールを砂糖漬けにして、チョコレートをかぶせたもの。
オレンジピールの原型である「カンディート(砂糖漬け)」は、もともとお菓子ではありませんでした。
保存のための知恵であり、同時に薬としての役割も担っていました。
古代ローマ時代から果実や果皮を蜂蜜で煮て保存する習慣があり、特にオレンジやレモンの皮は、強い香りとほろ苦さを持ち、消化を助け、防腐効果も期待される原材料でした。
イタリアにはカラブリア州のように果肉より果皮の方が価値のある柑橘もあります。
香りが高く、渋みは少なく果皮は弾力があり、食べ応えがあります。
カラブリア州のオレンジで作られるカンディートとビターチョコレートはぴったりの相性。
いくらでも食べられるおいしさで大好きなお菓子です。
◆MERINGA(メリンガ)
この季節にはまた、メレンゲ菓子もショーケースに並びます。もともとメレンゲ菓子が生まれたのも、修道院で背景には、合理的で質素な発想がありました。
修道女たちは、お菓子作りのために新たな材料を求めたのではなく、日々の食事や典礼の中で余った卵白や当時は非常に貴重だった砂糖、パンや焼き物の後に残るオーブンの余熱、これらを無駄にしないために、メレンゲを作りました。
保存性に乏しい卵白を長く保たせるため、砂糖を加えて泡立て、低温の余熱でゆっくり乾燥させる。その結果生まれたのが、軽く、日持ちがし、祝祭にも使えるメレンゲ菓子でした。
贅沢を目的とした甘味ではなく修道院における秩序と節制から必然的に生まれた甘味と言われています。
サクサクとした食感で口の中でとろける素朴な味わいのお菓子です。エスプレッソコーヒーとよく合うことは言うまでもありません。
【なぜ、これらのお菓子が今も残っているのか】
これらのイタリア菓子は、「防腐」、「薬効」、「節制」または「富と信仰の象徴」として修道院や貴族社会で広まり、そこから庶民社会に発展しました。
それぞれの時代に、どんな人がどんな時に食べていたのだろうと想像が膨らみます。
2000年以上もなくなることなく、今も残っているのは、これらのお菓子が宗教の祝祭と深く結びついていること、家族の習慣としての存在感があること、つまり、食べる理由が「味」だけではないからではないでしょうか。
しかし残念なことに、星の数ほどあるローマの菓子店を巡っても、こうした菓子に出会える場所は年々減っています。
ショーケースにはブラウニーやチーズケーキが並ぶばかりで、軽くて分かりやすい甘さのものばかりです。
かつてこの街に根づいていた菓子の姿は、ほとんど見当たりません。確かにドライフルーツは高騰し、はちみつや香辛料も贅沢な素材となりました。
そう考えると、古代ローマにまで遡る菓子たちが姿を消していくのも、時代の流れなのかもしれません。

(「ヴァルツァーニ」の美しい店内、店舗裏にある工房で商品を生産している)
それでも私は、噛めば噛むほど味が開き、甘さの奥から酸味や苦味、香辛料が広がるあのお菓子たちが大好きです。
ずっしりと歴史の重みを感じる生地をかみしめる―。そんなスイーツこそ、心を動かす本来のお菓子の役割だと思うからです。
お菓子を通じて季節や自分のアイデンティティーを感じる、そんな贅沢ができる菓子文化が存在するのは、イタリアも日本も同じ。
味だけでなく、そうした体験そのものをも楽しめるお菓子の時間を、これからも持ち続けていきたいと思います。
(ショップデータ)
・PASTICCERIA VALZANI
https://www.pasticceriavalzani.it/
・DAGINO
Dagnino Pasticceria Siciliana Roma
・PASTICCERIA LINARI
https://pasticcerialinari.com/
■ヒサタニミカさんのご紹介
ヒサタニ ミカ
京都生まれ京都育ち。1996年よりローマ在住。
サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、ワインや食材輸入業者のコンサルタント、イタリア飲食店日本開業プロジェクトのコーディネートを行う。25年以上にわたり、イタリア全国に広がる生産者やフード&ワインイヴェントを巡り、イタリア飲食界に纏わるメディアへの企画、取材、寄稿も行っている。また日本の大学への国際研修プログラムにて「イタリア食文化」の講師を務める。
AISイタリアソムリエ協会(正規コース)ソムリエ資格を取得し、現在ではイタリアで数々のワインコンクールの審査員を担う。イタリア外国人ジャーナリスト協会会員。
<ダイニングプラスについて>
2001年創業、商社が直営する輸入食品通販サイト。日本を代表する高級ホテル、ミシュラン星付きレストランが採用する高品質な業務用食品を、どなたでも1パックから購入できます。テレビ各社や「ダンチュウ」、「エル・ジャポン」など、メディア紹介多数。
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