知る人ぞ知る、隠れた郷土料理探訪シリーズ『ポッレート』-フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州|ヒサタニミカさんのイタリアレポート|海外食品通販サイト ダイニングプラス(公式)

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知る人ぞ知る、隠れた郷土料理探訪シリーズ『ポッレート』-フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州|ヒサタニミカさんのイタリアレポート

2025/06/25 12:00

イタリアって、どうしてこんなに食文化が豊かなんだろう?
ふとそんなことを考えると、私はいつもこの国の「かつての姿」に思いを馳せます。というのも、今のように「イタリア共和国」がひとつの国として存在するようになったのは、実はつい最近、1861年のこと。
それまでは、ナポリ王国、シチリア王国、ヴェネツィア共和国など、それぞれが独立した小国として存在していました。つまり、いま私たちが「州」と呼ぶものの多くは、かつてはそれぞれがひとつの「国」だったのです。その歴史の名残は、いまのイタリアにも深く刻まれています。
料理、言葉、風習。どれもが、その土地の記憶を宿したまま生き続けています。その多様性こそが、イタリアの食をこれほどまでに魅力的なものにしている理由なのだと思います。
イタリア暮らしも30年近くなりましたが、まだまだ知らない郷土料理が星の数ほどあります。
「まだこんな料理があったのか!」という発見は、尽きることがありません。一生のうちにすべてを味見するのは無理としても、食いしん坊の私はイタリアのこの醍醐味をできるかぎり味わいたいという食の願望があります。
そんな想いをもって探求してきた数々の郷土料理の中でも、特に忘れがたい一皿、これをシリーズで紹介していきたいと思います。



【ヴェネツィアの北部、アンフォラ島】

舞台は、イタリア北東部、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州のグラード潟。
ヴェネツィアから車で1時間ほど北上したあたりに、地図にも載らないほど小さな島々が点在する、まるで夢の中のような水辺の風景があります。昔は漁師さんが住んでいたそうですが、今は市が管理しています。この1つがアンフォラ島。
かつては漁師の島として栄え、古代ローマ時代にはアクイレイアへと向かう前の中継地や倉庫として利用されていました。後にはオーストリアとイタリアの国境として戦争の舞台にもなり、オーストリア兵の前哨基地が置かれていた歴史もあります。

【海からのみアクセス可能な場所】

アンフォラ島へはグラードの港から水上タクシーで30分。
点々と存在する小さな小島の間をぬってやっと島に到着。
この島に、わざわざ水上タクシーに乗ってでも足を運ぶ価値のある一軒のトラットリアがあります。
その名もトラットリア「アイ・キオーディ」。30年以上にわたり、トニョン家が営むお店。
厨房はオープンになっていてテーブルは野外のみ。
そのすぐ横は海。
よく見ると地元の船乗りのおじさんや、漁師さんっぽい若者が、ビールグラス片手にイカのフライや魚介のパスタをほおばっています。
イタリアに浮かぶ小さな島というと、高級リゾート地になっていてお金持ちやバカンス客向けのレストランばかりというパターンが多いのですが、ここの客層はもっと地元の人たちばかり。

【イタリア人さえも知らないニッチな郷土料理『ボレート』】

私のお目当ては、この店でしか食べられない郷土料理『ボレート(Boreto)』。
いわば、グラード潟版の“魚の煮込み”なのですが、そのレシピがまた尋常ではないのです。

オーナーにお願いして、作っているところを見学させてもらいました。

まず鉄鍋(両取っ手のある鉄鍋が伝統的な形)にニンニクを入れ、もくもくと煙が出るほど炒めます。油はほんのちょ~っと。本当に驚くほどニンニクが真っ黒に焦げるまで放っておきます。
もくもくと煙があがっている鍋に、ぶつ切りにしたいろいろな魚を頭から尾っぽまで放り込みます。イタリアでは魚の頭はたいてい捨ててしまうのですが、すでにここからテンション上がる工程。
ここへ文字通り大量の黒コショウを入れます。半端な量じゃなく、手にいっぱい握った黒コショウを2回分入れていました。
塩は普通の量。さらに、なんと魚がひたひたになるくらいのワインビネガーを入れます。市販のビネガー1本をドボドボと。これで30分ほど煮込みます。絶対にヘラで混ぜてはいけません。魚が崩れてしまうので動かさずこのまま放っておきます。
放置するのがこのレシピのコツだそう。しかもずっと強火!
魚から出る出汁がお酢に溶け込んで白いスープのようになってきました。
ここでまた面白い独特のパフォーマンスが!
この取っ手を持って左右に鍋をフリフリするのです。 ヘラを使わずに混ぜるのです。そして出来上がり。

みなさん、これはどんな味だと思います?
作り方を見ていると、かなり味の濃い料理だろうな~と想像していたのが、なんともまろやかでツンツンしたお酢の感じもなく、おいしい!目から鱗!

黒オリーブなんか入れていたっけ?と思ったら大間違い。こげたニンニクでした。
でも、ニンニクも黒コショウもお酢も全部が柔和されて魚の味を全く殺していないことに驚き。そして、魚と一緒に焼いた白ポレンタを食べます。これも含めボレートなのです。
この白ポレンタ、焼きおにぎりとそっくりの味で、なんだか和食を食べているよう。

【『ボレート』の由来】

さて、それにしてもなぜこのような作り方、つまりお酢やコショウを大量に入れて煮込むのか。
イタリア各地にある魚料理に比べても、これはかなり変わった料理です。料理の由来をオーナーに聞いてみました。

・昔はあまり新鮮な状態で魚が手に入らなかったこと。
・この地域(北イタリア)ではオリーブが育たないため、オリーブオイルが生産できず、油を使わない料理が考えられた。
・昔は今のように前菜、パスタ、セコンドという食事ではなく、ワンプレートだけだったので1皿で味の濃い、お腹の膨れるものを食べていた。
ということでした。

なるほど。やはりそういう食事情の背景があったのです。
こんなたくさん食べられるのー?!という量でしたが、おいしさのあまり最後のソースを白ポレンタでスカルペッタ(*)するまで食べました。焦げたニンニクも!
トマトソースやチーズ、オリーブオイルを使ったこってりとした南イタリアの料理に慣れていた私には衝撃的な一品でした。
地図にも載らない小さな島にある魚料理の味わい。これが何か脳裏にしっかりと焼きついて、ローマにもどってからも時々恋しくなります。
忘れられない味には、忘れられない風景がある。またこうしてイタリアの深みにはまっていくのでした。

(*)スカルペッタ:食事後にお皿に残ったソースをパンで拭って食べること。



■トラットリア・アイ・キオーディ
TRATTORIA AI CIODI - Porto Buso & Ai Ciodi



■ヒサタニミカさんのご紹介

ヒサタニ ミカ
京都生まれ京都育ち。1996年よりローマ在住。 サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、ワインや食材輸入業者のコンサルタント、イタリア飲食店日本開業プロジェクトのコーディネートを行う。25年以上にわたり、イタリア全国に広がる生産者やフード&ワインイヴェントを巡り、イタリア飲食界に纏わるメディアへの企画、取材、寄稿も行っている。また日本の大学への国際研修プログラムにて「イタリア食文化」の講師を務める。 AISイタリアソムリエ協会(正規コース)ソムリエ資格を取得し、現在ではイタリアで数々のワインコンクールの審査員を担う。イタリア外国人ジャーナリスト協会会員。


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