日曜日のローストチキン|上野万梨子さんのフランスレポート|海外食品通販サイト ダイニングプラス(公式)

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日曜日のローストチキン|上野万梨子さんのフランスレポート

2025/11/07 09:00

今夏は例をみないほどの熱暑に見舞われたという日本列島。対してパリでは8月半ばには落ち葉が降り積もり、寒さで身体が縮こまって肩がこりこりで、常備の葛根湯を使い切ってしまったものでした。 どちらの国も異常気象なのでしょうけれど、それでも朝市には様々なキノコや栗、柿、カボチャ、ナス、リンゴなどなど、秋の味覚は健気にも屋台にならび、季節はちゃんと巡っているのだとホッとさせられるのです。



【パリ朝市のプーレ・ロチ屋さん】

こちらはパリ6区、ラスパイユの朝市です。 左岸では唯一のパラスホテル(五つ星以上と格付けされた最高級ホテル)であるオテル・リュテシアの目の前に、ローストチキンが香ばしく焼ける匂いを漂わせる庶民的なマルシェが立つというのもパリならではの光景です。

'80年代にこのホテルの内装を手がけたソニアリキエルの名がついた散歩道を入ってすぐ右手にあるのが、今回のテーマになる Poulet rotis (プーレ・ロチ/ローストチキン)の売店です。 大型の電動ロースターでその場で焼き上げるものですから、あたり一面になんとも香ばしい匂いが立ち込めています。 半身だけでもOKで、店主が鶏の胸の中心にナイフを入れるとお腹の中からフワッと湯気が立ち、ジュワッとなんとも美味しそうな焼き汁が滲み出てくるのです。

(左写真:グルネル朝市のお店。右写真:ラスパイユの朝市中手奥にあるお店。)

付け合わせのジャガイモはロースターの最下部に置いて、滴り落ちる焼き汁を受けながら焼き上げる仕組みです。 ジャガイモの周りに硬くなった田舎パンやソーセージを置いている店もありますが、それは自分たちの昼ごはんのためなのでしょう。

【日曜日はプーレ・ロチの日】

(左写真:Rue Cler/クレール商店街にあるお店。右写真:Rue de Grenelle/グルネル通りにあるお店。)

朝市に限らず商店街のあちこちで見かけるプーレ・ロチですが、もっとも賑わうのが週末です。 パリジャンにとって「日曜日はプーレ・ロチの日」なのです。 オーブンに入れておけば出来上がるローストチキンは休息日にはうってつけ。 家族皆で分け合って囲む食卓にのる料理として定着したのだといいます。 そして電動ロースターの普及で今や街で買って家で楽しむ時代になったのです。

(Rue Saint-Dominique/エッフェル塔前の公園近くのお肉屋さん、毎日行列が絶えない名店です。)

ところで日曜日の鶏といえばアンリ4世(1553-1610)にまつわるとても有名な逸話が思い浮かびます。
「わたしの願いは、すべての農民が日曜日の食卓で Poule au pot(ポトフに似た鶏の煮込み)を食べられるようにすることだ」
当時の庶民にとって鶏肉は贅沢品で祭日や特別な日のご馳走。 人々の暮らしの安定と国の繁栄を願うアンリ4世のこの言葉はよく知られています。 この「日曜日の Poule au pot 」の記憶が、やがて Poulet rotis を日曜日の家族団欒の食事を象徴するものにしたのかもしれませんね。

【家で楽しむプーレ・ロチ】

(左上写真)持ち帰ったプーレ・ロチとジャガイモ。
袋は丈夫な作りでしばらく持ち歩いても肉汁が滲み出ることはありません。 ジャガイモはエルブ・ド・プロヴァンスをふりかけてロースターで焼いたもの。
(右上写真)一羽で盛り付けたところ。

(左上写真)4つに切り分けたところ。 胸側の中心に包丁を入れて半分に切り分け、さらに胸肉とモモに分ける。
(右上写真)盛り付けたところ。 袋の下に溜まっていた焼き汁にバターかオリーブオイルを足して温めたものをソースに。

(左上写真)翌日の一品に。
残ったもも肉一本は炒めたキノコ、チキンスープとともに蒸し煮し、バターを溶かし込んでソースを仕上げる。
(右上写真)腰骨の左右のくぼみにはまり込んでいる指先ほどの小さな肉のことを Sot l’y laisse(ソリレス)という。 Sot は昔ながらの言葉でバカという意味。”バカはここに美味しい肉があることを知らずに食べ残す”ということから。

【雄鶏はフランス共和国のシンボル】

ローストにするのは生後6ヶ月から12ヶ月の Poulet(プーレ)若鳥で、さらに成長すると雄は Coq(コック)、アンリ4世の逸話に出てくる Poule(プール)は肥えた雌鶏を指します。
雄鶏は肉質が硬くて香りも強いので Coq au vin のように赤ワインで長時間煮込んで柔らかくする料理に使い、雌鶏は香味野菜と共にシンプルに水で茹でる料理向きです。 雄鶏はしばしばフランス的誇りのシンボルに使われてきました。
例えばサッカーのフランス代表チームの胸のエンブレムは雄鶏ですし、オリンピックのユニフォームにも登場しています。 「勇気・誇り・自由」を象徴するフランス共和国の非公式なシンボルなのだそう。
ルイ王朝時代の象徴は太陽や百合の花で、大革命後は農民をはじめとする人民の象徴が雄鶏になったということです。
意外にもフランス人にとって鶏は特別な存在だったのですね。日曜日のローストチキンの習慣が根付いている理由はこんなところにもあるようです。



■上野万梨子さんのご紹介

上野万梨子
1976年、ル・コルドン・ブルー・パリ校を卒業。帰国後、東京の自宅にてフランス料理教室を主宰。
1980年、初の著書『シンプルフランス料理』(文化出版局)を刊行。「オムレツやスープもフランス料理です」という明快なメッセージで、重厚なイメージだったフランス料理を日本の家庭に広める先駆けとなる。以降、雑誌、テレビなど多方面で活動を展開。
1991年にはパリに拠点を移し、以来、日仏両国の食と生活文化の架け橋として、執筆、食イベントの企画編集、商品開発などを手掛ける。

エッセイ『パリのしあわせスープ 私のフランス物語』(世界文化社)、『アペロでパリをつまみ食い』(光文社)、『小さなフランス料理の本』(NHK出版)など著書多数。近著に『Mariko食堂 ごちゃまぜパリ風レシピ』(扶桑社)がある。
HP : https://uenomariko.com/
@ueno.mariko.official


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