この4月半ば過ぎのこと、久しぶりにプロヴァンスを訪れた私は、同行者の方たちをマルセイユの魚市にご案内しようと張り切っていました。
以前、取材で訪れた時は次々に漁から戻ってきた小型船が岸壁に連なり、陸ではお目当ての漁船から陸揚げされる魚を待ちわびる地元の人たちで大賑わいだったものです。
ところが、寄り道先で時間を使ってしまったこともあり、港に到着したのは11時頃。正午過ぎまで魚市場は開いているとホテルで聞いてはいましたが、この日は残念なことにすでに漁船の姿はほとんど見えず、港は溢れかえる観光客で一杯だったのでした。
あとから知ったのはイースター休暇で海に出ない漁師さん達が多かったのだそう。
そして、次のお目当てだったブイヤベースで有名な老舗レストランを訪れたのですが、そこもハズレ。魚の種類は少なく、目の前が港だというのに魚に勢いがないのです。
そんなわけでパリに戻ったら魚屋さんが気になって仕方がありません。そしてよく分かったことは、パリにはフランス各地の港から一級の魚が集まってくるということなのでした。
そういえば、以前ブルターニュの朝市で誰かが冗談ぽく言っていましたっけ。「良い魚は即パリ行きよ。高く売れるから。地元には残り物しかないの」と。
ということで今回のテーマはパリの魚屋さんです。
パリの魚屋さん|上野万梨子さんのフランスレポート
【クレール通り商店街の魚屋さん】

ある日近所の商店街の魚屋さんを通りかかると、それは立派なオニカサゴ(Chapon:シャポン)が睨みをきかせているではありませんか。
カサゴ(Rascasse:ラスカス)に比べると色鮮やかで怖い顔。胴周りに厚みがありコロンとした体型です。
ラスカスはブイヤベースには欠かせない魚ですが、よく似ているシャポンはラスカスより身が繊細で味わい深く、煮るより丸ごとグリルするのが一番なのだそう。
いつだったか南仏生まれの知人がシャポンの美味しさについて目を細めて語ってくれたものですが、パリで見かけたことがない私にとっては幻の魚。
でも、この日は残念ながら買って帰れるタイミングではなく、背中にシャポンの視線を感じながら心残りに店を後にしたのでした。

フエフキダイ(Sar)、オニカサゴ(Chapon)、マトダイ(Saint Pierre)、スズキ(Bar)、ドーバー海峡のシタビラメ(Sole)、皮を剥いであるのはアンコウ(Lotte) 、皮に黒いポチポチはエイ(Raie)、小ぶりのヒラメ(Turbotin)などなど。
ちなみにヒラメは2キロ以上になるとTurbot、150gから200gくらいの小さなシタビラメはSolette、シタビラメを5枚におろしたフィレはその形からPetit bateau(小舟) と呼ばれます。


魚屋さんといっても売っているのは生鮮ばかりではありません。惣菜コーナーには手切りで売るスモークサーモンはじめ魚のスモーク類、ニシンのマリネ、ムール貝のサラダなどが並びます。
そして魚料理に添えるソースなどのエピスリー、塩、ワインと豊かな品揃えですが、フランスではソースや付け合わせとともに魚料理が完成するからこそのラインナップなのです。
家庭の食卓に並ぶ魚料理といえば刺身、焼き魚、煮魚、揚げ物、そして鍋料理の日本との違いですね。
【サックスの朝市 サン=マロの魚屋さん】


こちらはモン・サン=ミッシェルに近いブルターニュの港町サン=マロからやって来る朝市のスタンドです。
写真左上の手前に見える貝類や加工品の先に延々と続く大きな店で働く人の数は10人を超え、朝市の中でもここはひときわ活気に満ちています。一本釣りを示すラベルや水揚げ地の証明を顔に貼り付けた魚たちが、この店の格を証明するようにデンと構える様は圧巻です。
カワマス(Brochet)のクネルと、クネルにはお決まりのソース・ナンチュアの瓶詰め。クネルはカワマスのすり身に牛乳、バター、小麦粉、卵で作るシュー生地に似たものを加えて練ったもので、見た目は硬いハンペンのよう。
これはリヨンの代表的郷土料理で、ザリガニ(Ecrevisse)のソース・ナンチュアと共にグラタンにします。このようなクラシックなフランス料理をパリのレストランのメニューに見つけるのは難しい時代になりましたが、それでもこうして魚屋の店頭にあるところを見ると、家庭の食卓でこそ楽しめる昔懐かしい料理として残っているのでしょう。
加工品としては他にタラマやブランダード、タコのマリネ、イワシのオイル漬けなど。
【サックスの朝市 甲殻類専門店】

そしてこちらは同じ朝市に出る甲殻類専門店です。
アサリ、ムール貝、カキ、ホタテ貝、カニなどで鮮度は抜群。アサリは砂抜きの必要がまったくなく、厚みのあるプリッとした身の食感や味の濃さからして日本のアサリとは別物です。
ホタテ貝やカニは殻付き以外に剥き身もあり、どれも綺麗な仕事でパック詰めになっているのもこの店をリピートしたくなるポイント。
ここで私が時々買うのがスープ・ド・ポワソン、魚のスープです。スープ向きの雑魚とエトリィという小さいカニで作られたもので、1/2リットル、1リットル、1.5リットルと、家族の人数に合わせて選びやすいこともあってか、これを目的に来る人が後を断ちません。
【買って帰ったエピスリーや魚のスープを使った調理例】

バゲットのトーストにルイユやアイヨリをのせ、魚のスープに浸してほぐしながらいただいたり、ジャガイモやウイキョウをスープに加えて煮込み、ボリュームある一皿にして楽しんでいます。(写真左)
ムール貝とアサリのベルモット蒸し、小さなパスタはコキエットです。(写真右)
いかがでしょうか?これまで日本の皆さんにはたくさんのフランス食便りが届けられたことと思いますが、今回のような海の幸やその加工品をテーマにしたものは少なかったかもしれません。
パリの魚屋さんの店頭で、丸ごとの魚が鱗を艶やかに光らせて並べられた様子には心浮き立つものがあります。
このブログを通してパリの魚屋さんの活気を少しでもお伝えできたでしょうか?
■上野万梨子さんのご紹介

上野万梨子
フランス料理家、1975年、パリに料理留学。翌年、ル・コルドン・ブルー パリ校卒業。帰国後、東京・玉川田園調布にてフランス料理教室「ラ・ヌーヴェル・イマージュ」を始める。1980年、初めての著書「シンプルフランス料理」(文化出版局)を上梓。当時はまだ珍しい若きスター料理研究家として活躍。1991年には活動の拠点をパリに移し、著作や食イベントの企画・編集などを通じて、日仏の食と生活文化にかかわる発信を続ける。
著書に「パリのしあわせスープ 私のフランス物語」(世界文化社)「アペロでパリをつまみぐい」(光文社)「ストウブでフランス家庭料理(世界文化社)近著に「Mariko 食堂 ごちゃまぜパリ風レシピ」(扶桑社)などがある。
Instagram: @ueno.mariko.official
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