
8月のパリ|上野万梨子さんのフランスレポート
【8月のパリ】

熱暑の東京に2週間ばかり滞在してパリに戻った翌日、早速出かけたのは朝市でした。
休暇に入って出店が激減していることはわかっていましたが、行きつけの店は8月1日まで営業していると聞いていたのです。
マルシェ入り口のカフェは休業。すっかりスカスカになった市場ですが、それでも肉、魚、野菜、チーズ、シャルキュトリー、そしてパンにエピスリーと、花以外はそれぞれ数店ずつ残って営業中。
いつもの野菜スタンドではムスクラン(芽葉野菜のサラダミックス)にサラダほうれん草とセルバチコを混ぜてもらい、カサがキュッと固い小粒のシャンピニョン・ド・パリもサラダ用に買って帰宅しました。
さて家に着いて早速サラダの葉をザブザブ洗って、あら、、、? その昔の留学時代、真夏に茹で上げたお素麺を洗うパリの水道水がキリッと冷たいことに、日本人の友達同士でびっくりし合ったものでした。その頃夏の東京の水道水といったらぬるま湯のようでしたから。
それから50年経ち、パリの水には確実に温暖化の影響が及んでいることを実感したのでした。
【今も残る100年前の天然冷蔵庫】

外気温が低かったその昔、パリのアパルトマンではガルド・マンジェと呼ばれる食品保存庫が使われていました。
100年前といえばすでに電気冷蔵庫も発売されていましたが、まだまだ高嶺の花の高級品。そこで写真(左上)のように外気が通る穴が空いた戸棚を窓の外に張り出すように取り付けて、野菜や乳製品などの食材をしまっておいたのです。
通年通して真夏でさえも使えたのですから、いかに気温が低かったかということですね。
私の家ではガルド・マンジェの内側を板張りにして、写真(右上)のように調理道具入れに利用しています。
きっとこの先何十年経ってもこうして使われ続けることでしょう。
【我が家の冷凍冷蔵庫はタフなアメリカン】

パリの家に暮らして今年で35年が経ちました。日本からわざわざ運んだゴミ箱や洗濯物干しなど、いくらお気に入りだったとはいえ、なにも船便で運んでまでと思うたくさんの家庭用品が今もなお現役というのには自分でもビックリなのですが、、、、、
長持ちの王者といえば、なんと言ってもタフなアメリカ製冷凍冷蔵庫でしょう。
引っ越しに際して改装した台所に取り付けた家具やコンロ、オーブンなどは全てヨーロッパ製品を選びましたが、これだけは大型のアメリカ製です。東京の料理教室で使っていたこともありますが、当時のパリの電気製品専門店に並ぶ冷蔵庫はどれも小さすぎに思えたし、何より調理や製菓で必要な氷が大量にザラザラできる頼もしい自動製氷装置がアメリカンにはついていたのです。
フランス人は本来ブランデーやウィスキーなどのアルコールを氷で冷やして飲まず、ジュースや水をキンキンに冷やすこともしません。
家庭料理で霜降りした素材を氷水にサッと通す手順もなさそうですし、生クリームの泡立てボウルを氷水にあてる人も少なかったでしょう。家庭のキッチンで氷はほとんど必要とされていなかったのです。

温暖化の今になってもパリの生鮮野菜のほとんどは冷蔵ケースで販売されていません。 朝市ではもちろんのこと、スーパーマーケットでも多くが棚に並べて売られます。 そこで助かるのが我がアメリカ製冷凍冷蔵庫の氷ザクザクです。買い物袋から生ぬるくなった野菜やフルーツを取り出してササッと洗い冷やして冷蔵庫にしまえるのですから。 これはとても古い機種なので省エネとは程遠いはずですが、35年休まず動き続けるものを処分して新しくする気持ちには到底なれない私なのです。それに、今ではフランスの家庭で使われる冷蔵庫のサイズは大型化して、スリムで高さがあり、おチビの私が上段を使うにはいちいち踏み台が必要になることでしょう。 あぁ、そんなこと、ありえないですもの!
【キンキンに冷えたものが苦手なフランス人】

ピリ辛、熱々、そしてキンキンに冷やすといった極端をフランス人は好まないものです。
そこでパリのカフェで日本人が 「なにこれ、、、」 とガッカリするのが十分に冷えていないビールや生ぬるい水なのではないでしょうか。
試しにビールを注文してみたら、昔よりはまだマシながら冷え方が足りません。パナシェ(レモネードのビール割り)を久しぶりに頼んでみたら、さらに生ぬる~い。
そんなパリのカフェやビストロにも、近年の気温上昇で水のサービスに変化が現れています。氷を一緒に出してくれる店が増えてきたのです。私のお気に入りは近所のカフェで使われる小さなアイスベール。
これって紙のラベルを外したイタリアのトマト缶(左上写真)がデザインの元なのではないかしら。別の店ではステンレスのバケツ型(右上写真)で、これもまたかわいいのです。
さて、店でミネラル水を注文せずにいると 水道水=パリの水 がカラフでサービスされますが、この水質は近年確実に改善されているようです。
市内の地域による差はあるかもしれませんが、入浴や洗濯で感じるのは石灰質の減少で、パリの水の質が良くなっているのは確かなことのようです。
ミネラル水を一本注文する必要がなかったら 「Une carafe d'eau, s'il vous plalt(ユヌ・カラフ・ド・シィル・ヴ・プレ)」。
もはやパリの水の質は悪くないのですから、安心してどうぞ。
■上野万梨子さんのご紹介

上野万梨子
1976年、ル・コルドン・ブルー・パリ校を卒業。帰国後、東京の自宅にてフランス料理教室を主宰。
1980年、初の著書『シンプルフランス料理』(文化出版局)を刊行。「オムレツやスープもフランス料理です」という明快なメッセージで、重厚なイメージだったフランス料理を日本の家庭に広める先駆けとなる。以降、雑誌、テレビなど多方面で活動を展開。
1991年にはパリに拠点を移し、以来、日仏両国の食と生活文化の架け橋として、執筆、食イベントの企画編集、商品開発などを手掛ける。
エッセイ『パリのしあわせスープ 私のフランス物語』(世界文化社)、『アペロでパリをつまみ食い』(光文社)、『小さなフランス料理の本』(NHK出版)など著書多数。近著に『Mariko食堂 ごちゃまぜパリ風レシピ』(扶桑社)がある。
HP : https://uenomariko.com/
@ueno.mariko.official